報連相について

    ツイッターフォロワーシップについて何か書いて欲しいとリクエストがあったので,上司とのコミュニケーションの中心を占める「報連相」について,自分自身の経験を踏まえて書いてみる。極めて個人的な経験に基づく主観なのでどこまで汎用性があるか分からない。一応,若手社会人(1~3年目)やこれから社会人になる人達を念頭に置いているけど,所属している組織や置かれた立場,各人の適性によって受け止め方は様々かと思うので,何かの参考になればという程度で。

 

    「報連相」って社会人の基本動作として大事だとよく言われるし,自分が新人の時も色んな人から言われた。けど,これって実際にやるとなると難しい。上司はいつ見ても忙しそうだし自分も目の前に溢れかえった各方面から依頼された作業処理に追われていて,いったいどのタイミングで相談をして指示を仰げば良いのか分からない,そもそもこんなつまらないことを聞いたり相談して良いのだろうか・・・といった事を考えているうちに抱え込んで,〆切り間際になって上司から「あれどうなった?」と聞かれてアワアワしながら進捗を報告したら上司の求めるものと全然違っていて撃沈する・・・。自分も新人時代にこうした経験をしたし,今でもこの報連相は気を遣う作業の一つだ。奥が深いぞ報連相

 

 そもそも,報連相ってなんだろう。いや,言葉どおり報告・連絡・相談のことなんだけど,この報告・連絡・相談を「なんのためにやるのか」という観点から,業務フローに沿って改めて整理してみようと思う。


(1)連絡
仕事において何か起きたときにまず行うのは,上司や関係者に対する連絡(第一報)だ。その目的は情報共有であり,共有された情報に関し,何らかの対応が必要かどうか,必要であるとすればどのような対応があり得るのかを適時適切に関係者が検討し判断するためである。この連絡において留意すべき点は2点。①スピード感とポイントの明確化,②連絡する対象範囲(情報の共有範囲),である。

 

①スピード感と伝えるべきポイントの明確化
先に書いたとおり,連絡はそれだけで終わることはあまりなく,むしろその連絡を起点に新たな業務が発生することが多い。連絡が遅れればそれだけ初動が遅れ,その後の作業が後手に回り工程管理が厳しくなる。したがって連絡を行うにあたっては,案件によって多少の緩急はあるにせよ,基本的にスピード重視。用いるべき連絡手段もそのスピード感(緊急性)と即応性の要否によって変わってくる。2~3時間程度の余裕があるならメールやチャットで良いし,案件によってはたとえ深夜であろうと休日であろうとガンガン電話をかける必要も出てくる。
    と同時に,連絡を行うにあたっては,口頭であれ文章であれ伝えたいポイントを明確にすることが重要。連絡はその後の検討・対応に時間を割くという観点から,受信(理解)それ自体の時間・労力を出来るだけ短縮する事が肝要であり,ダラダラと要領を得ない伝え方のせいで受け手が質問を差し挟む,或いは2回3回と読み返さないといけないというのはその時点で連絡の趣旨を損なっている。こうした事態を避けるために,メールやチャットでの連絡にあたっては予めテンプレートを幾つか用意しておいても良い。その際,注意して欲しいのは,「その情報はどこからもたらされたものか?」を必ず明らかにすること。受け手にとっては,発信元によって情報のクレディビリティ評価や重みが変わってくる(=対応が変わってくる)のでそこは落とさない方が良い。

 

②共有範囲
    連絡を行うにあたって時に頭を悩ませるのは,直属の上司に加えてどの範囲まで共有を行えば良いのか,という点。これは,共有すべき情報の性質や共有先の人達との関係性に依るところもあるので,少しでも迷ったらまずは直属の上司に「相談」するべきなのだが,原則としてできるだけ広く共有するという考えで問題ないと思う。
    組織には大抵「俺は聞いてないぞ」おじさんがいて,そういうおじさんへの情報共有が漏れていると後々彼等が立ちはだかってめんどくさい事態になるケースが多い。そうした「聞いてないおじさん」の発生を事前に防いでおく観点から,自分が思っているよりも気持ち広めに情報は流しておくのが良い。情報を知って怒る人は殆どいないし,仮に扱いに細心の注意が求められるような機微な情報である場合には,連絡一つとってもそれなりのポジションにある者が行うのが相場だしそうべきであるからだ。若手がneed to knowの原則を気にするような情報に触れる機会は限られるので「共有先を絞った方が良いかな」というのはあまり気にする必要はない。心配であれば,予めリスト化しておいて直属の上司に確認しておいてもらっておくのも一案だろう。

 

 

(2)相談と報告
 報告は連絡と区別がつきにくいが,自分の中では,「連続性の有無」で区別している。つまり,連絡が多くの場合新たな事態や(なんらかの対応が必要となり得る)状況の変化等を伝達するのに対し,報告は,それ以前に行われていた作業やなんらかの案件が存在しており,それにかかる進捗や現況,結果について伝達するために行われるという点である。この違いが何に起因するのかというと,連絡の目的が情報共有に集約されるのに対して,報告の場合,純粋な情報の共有(結果報告)に留まらず,上司の目線から見て方向性に問題ないか,或いは作業に漏れや落ちが無いか確認すること(上司に連帯責任を負わせる)や,そうした確認を通じて必要に応じて新たな指示を仰ぐ(相談という形でマンデートを確保する)事まで場合によって含まれるためである。ここで「新たな指示を仰ぐ」と書いたように,報告はしばしば相談するための前振りとして行うものであり,その意味で相談とこの報告は本来セットで捉えるのが適切だと思う。
 このように報告は連絡と比べて目的に幅があることから,その目的によってどのタイミングで行えば良いのか,という問題が発生する。

 

①報告を行うタイミングと手段
    まず,目的が単なる結果報告の場合,業務が完了した時点で報告すれば済むのでタイミングについてはそれほど悩むことはないと思う。報告の手段についても,わざわざ電話で上司を拘束する程の報告案件はあまり想定されず,基本的にメールやチャットで良いと思う(上司のキャラによっては口頭での報告を求めるタイプもいるのでそこは上司次第というのはあるけど)。ただ,この手の結果報告は,行う側からすると業務が片付いた解放感からしばしば忘れられがちなのだけれど,報告を受ける上司からすると,その案件がクローズしたという情報は自身の業務管理や部署のマネジメントを考える上で大事な判断材料となるのでうっかり忘れたり間を置きすぎて報告すると意外と怒られたりする。
    一方,悩ましいのが,業務の進捗や途中経過の報告だ。これについては,その日〆の作業であれが午後前に一度報告しておくだとか,一週間の作業であれば2日目の終わり・4日目の終わりといったペースで報告するとか,それなりの相場観はあるのだと思うけど,そこは個別のケースによって様々なので,そうした個別のテクニックというより,ここではむしろ総論的な心構えに触れておきたい。

 

②報告・相談における主導権の確保
    先ほど報告と相談はセットで考えると書いたけど,業務の捉え方として大事なのは,上司から指示された作業や報告・相談をバラバラに考えるのではなく,まず作業を指示された時点でその作業の完了までの工程を意識する点。点としての作業ではなく,業務完了報告までの全体的な流れで捉えてその中で報告と相談をどう位置付けるか考える。指示されたら言われるがままやるという受け身ではなく,その業務全体を自分の案件と捉えて主導権を握る意識を持つ。指示を受けた時点で大まかなアウトプットのイメージと方向性,作業の〆切りを確認し,そこから工程を組んでどのタイミングで上司に報告・相談するかをイメージして作業に取りかかる。報告・相談において大事なのは,上司に「あれどうなった?」と言わせないこと,言わせるときは敢えてこちらの誘導で言わせるくらいの姿勢を持つこと。
    このように主体的に作業をハンドリングするためには,その作業が上司の指示の中でどのような位置付けにあるのかを知っておく必要がある。そのためには,上司の業務状況(どのような案件を抱えているか)と1日単位,1週間単位での仕事のリズム・繁忙サイクルを把握しておくことが望ましい。そうすることで,上司に報告しやすいタイミングも予めイメージしやすくなる。これまで何度かツイートでも触れているが,このように上司の状況を把握しておくためには,自分の目の前の作業に没頭するだけでなく,上司が誰と電話しているか,誰に何を指示しているか,更に上の上司や役員からいつどういう指示を受けているかといった,周囲の動きにも目を配り聞き耳を立てておく必要がある。
 
 大まかなイメージと方向性を事前に相談して上であっても,実際に作業に取りかかると色々と疑問や迷いが生じたり,どうしたら良いか分からないといった困難に直面することは普通にある。その場合,大事なのは,この相談はマンデートを得るためなのか,上司を巻き込むことで責任の主体を負わせることなのか,その目的を明確に意識することである。作業の主導権を確保する観点からは,上司になんでも丸投げ相談するようなやり方は極力避けるべきであり,可能な限り広く裁量を維持しておくことが望ましい。指示を受けた時点で大まかなアウトプットのイメージや作業の方向性を確認しておくのも,後々の手戻りを防ぐという意味もさることながら,自分の裁量で泳ぐスペースを確保しておくという意味もある。そう考えると,「AかBか」「●●をやる/やらない」といった単純な「イエス/ノー」クエスチョンについては予め自分なりの方向性を持った上で相談に臨むべきであるし,単純なファクツの確認はあまり構えた相談という体をとらずサクッと聞けば良い。初めての業務や入社して間もないうちはとにかく少しでも疑問に思ったことは上司に相談した方が良いが,いつまで経ってもそれでは重要な作業を任せられなくなる。後々事故にならない限度を見極めつつ,自分で泳ぐ余地をどう確保するか,その判断が肝となる。そうした判断を的確に行う助けとなるのが,先に述べたような上司の普段の動きをウオッチしておくことだ。
 一方,アウトプットのサブスタンスに係る事情変更の発生であるとか,関係方面との調整で自分よりエライ人から横車を押されたりであるとか,自分の裁量を明らかに越えた問題が発生した場合は躊躇せずにマルッと上司に投げてしまえば良い。ここで変に「自分でなんとかしないと」と抱え込まないこと。余裕があれば,自分なりにどうすれば良いか考えて上司に披露しても良いが,そのために時間を過剰に費やすのは本末転倒。ぐずぐずと抱えて悩んでいても決して事態は改善しないしむしろ悪化していく。さっさと上司に相談して責任を負わせるべし。

 

 私の好きな言葉に「プロセス管理の巧拙は時にサブスタンスの良否を凌駕する」というものがある。そのプロセス管理の要となるのが報連相だと思っていて,以上,長々と報連相の意味とその扱い方について書いてきたわけだが,これらを自分が若い頃にきちんと出来ていたかといえば全然出来ていなかった。ってか,今も出来ているか怪しい。その意味で,この記事は若き日の自分の無能さへの懺悔であり反省文といってよい。当時の上司の皆さん,ごめんなさい。

日本酒に目覚めた旅

    この週末,新潟に行ってきた。目的は日本酒。いま,朝活で取っている日本酒検定講座のフィールドワークだ。短い旅程ながら盛りだくさんの内容で非常に充実した2日間だったが, 今回の日本酒旅で特に感銘を受け,自分の見方が大きく変わったのは普通酒だった。

 

    御存じのとおり私はここ2年ほど日本酒にはまっており,週末は新潟をはじめ全国各地の日本酒を楽しんでいる(最近までほぼ毎日飲んでいたが,健康を考えて平日の家飲みは控えている)。日本酒には作り方によっていくつか種類があり,日本酒好きの方に限らずそ うした種類分けはご覧になったことがあると思う。いわゆる, 大吟醸純米吟醸,特別本醸造といったやつだ。 ざっくり説明すると,「吟醸」,「大吟醸」 は原料の酒米をどれくらい削っているか(精米歩合) を表していて(吟醸だと40%以上(=精米歩合60%以下), 大吟醸だと50%以上(=精米歩合50%以下)削っている), 米と水だけで作っているか,それとも醸造用のアルコールを添加しているかどうかで「純米酒」と表記できるかどうかが決まる。 例えば,「純米吟醸」であれば精米歩合が60%以下でお米と水, 米麹だけで作っているけど,これが「吟醸」としか書いていなければ醸造用アルコールが添加されている可能性がある。また,「 特別本醸造酒」と表記されていれば、それは精米歩合60%以下でかつ醸造用アルコールが添加されている日本酒であることを意味する。(「特別」 がつかない本醸造酒だと精米歩合が70%以下となる)。これら純米,吟醸本醸造といった名前がつくものを「特定名称酒」と呼び, それ以外を普通酒と呼ぶ。コンビニやスーパーで売られている紙パックの日本酒をはじめ,流通している日本酒の大半はこの普通酒に当たる。

 

    なお,更に最近よく目にするのに「無濾過」「生原酒」というのがある。無濾過というのは文字通り濾過していないお酒で,生原酒と いうのは加熱処理をせず水も加えていないお酒のことだ(通常,日本酒は味の劣化を防ぐため加熱処理を行い,またアルコール度数を整えるため水を加える)。

 

 私が日本酒にはまるきっかけとなったのが,この特定名称酒純米吟醸酒,それも無濾過生原酒だったことから,これまで主にそうしたタイプの日本酒を好んで飲んできた。とはいえ, 色々と飲むうちに日本酒の多様性を感じるようになり,最近ではお米の精米歩合吟醸大吟醸)や濾過の有無,生原酒かどうかといった事にはあまりこだわらなくなってきたが,そうした中でも割と気にしていたのが「純米酒」という点である。

 

 先に説明したとおり,純米酒というのはアルコールを加えていない ,米と麴と水だけで作った日本酒である。日本酒と醸造用アルコールを巡っては戦時中から戦後にかけての暗い歴史があり,加えて個人的には大学時代にアルコールが添加された(アル添)安酒でイッ キをさせられた苦い思い出もある。それらが相俟って20代から30代にかけてのアルコール人生では,冬場にたまに熱燗で飲んだりする以外では日本酒を避けてきた。2年前に賀茂錦の純米吟醸無濾過生原酒に出会ったことで,日本酒そのものに対する苦手意識は消えたものの,元々の苦手意識の核となっていた,アル添酒に対する「アルコールで水増しした安かろう不味かろう酒」 というネガティブなイメージはどうしても拭いきれなかった。酒屋で自然と手が伸びるのも純米酒となり,居酒屋でもアル添の日本酒しか置いていない店では日本酒では無く焼酎やハイボールを飲み続けた。

 

 そうした,日本酒について最後に残っていた引っかかりを解きほぐしたのが今回の旅行であった。旅行1日目の夜,地元で人気の居酒屋で行われた懇親会の場で,隣に座った講師の人(新潟の清酒卸会社勤務で新潟清酒達人検定の金の達人)に勧められて麒麟山の超辛を飲んだ。値段は二合で確か1000円程度だったと思う。私が普段都内 のお店で日本酒を飲む場合,純米吟醸だと大抵グラス( 120ml)で600~700円程度なので、二合= 約360mlとなると2000円はする計算だ。それと比べると麒麟山の超辛は半額の値段。新潟が酒処という点を差し引いても安い。純米とも吟醸とも書いていないので,いわゆる普通酒だろう。この値段で飲める日本酒で美味しいと思ったものに出会ったことがなかった私は ,日本酒のプロに勧められるままお猪口を差し出し注いではもらっ たものの,どうせたいした酒ではないだろうとタカをくくっていた。口に含む までは。

 

 

    予想を裏切る旨さだった。自分がこれまで好んで飲んできた甘味, 酸味がはっきりとした日本酒とは明らかに違うタイプ。そっけない程にキレがあり,ともすれば印象に残らなそうな後口でありながら じわりと静かに旨みが広がる。 前面に出てきて食事の味を邪魔することなく,飲むと料理に箸が伸 び,料理を一口食べるとお猪口を傾けたくなる。期待せずに飲んだ麒麟山の超辛はそんな名バイプレイヤーのようなお酒だった。

 

    日本酒を飲み出してよく目にするようになった表現に「飲み疲れしない」というのがある。華やかな香りとくっきりとした甘味・酸味のある日本酒は確かに美味しい。美味しいのだけれど,例えば食事と共にそれをずっと飲み続けられるかというとちょっと違ったりする。口がその豊かな味に押され続けて重たく感じてくるのだ。麒麟山の超辛にはいくら飲んでもそうした「押しつけがましさ」を感じない。 すいすいと飲める。その夜はその後も結局麒麟山から離れることが できず,最後まで2合徳利を注文しては飲み続けた。

 

 翌日その麒麟山酒造を見学し,そこでは普通種として商品の主力と なっている伝統辛口(伝辛)を試飲で飲んだのだが,やはり旨い。 そして気づいた。新潟には八海山,久保田,越乃寒梅といった有名 銘柄が数多くあるし,それらの吟醸酒大吟醸酒が酒処新潟の評判 を引っぱっているように見えるが,その実,まさにこうした地元の 人が毎日の晩酌に飲む普段使いのお酒のクオリティの高さが新潟の酒文化を支えているのだと。

 

 今回の旅行を機に,自分の日本酒好みカテゴリーに「飲み疲れしな い普通酒」というのが加わった。それが何よりの収穫だった。

 

孤独について

  40代の孤独について話題となっている日記を読んで少し感じるところがあったので書いてみる。

 

  独身40男が孤独にむしばまれていくというのは実感としてよく分かる。これには幾つか理由があると思う。

 

  まず一つは老い
  よく,「気持ちを若々しく保っていれば年を重ねることは怖くない 」という言葉を聞く。これは理想論として美しいけれども,実際に 肉体的な若さを失いつつある身としてはある種の空虚さを伴って響く。この手の「気の持ちようが大事」論もそうだし最近の様々な社会問題においてしばしば共通して感じることなのだが,「身体性」に 対する自覚があまりに乏しいのだと思う。

 


  30代半ばを過ぎてからはっきりと感じるのだが,この年代は体力と気力がそれまでにないスピードと顕著さで衰えていく。 仕事でも遊びでも若い頃のような無理(徹夜・オール)がきかなくなる。それどころか,頭痛腰痛に体の怠さ,首や肩筋の酷いこりと毎日どこかしら不調を訴える体に鞭を打って職場に向かうのは,仕事に慣れない若い頃とはまた違った辛さしんどさがある。


  「病は気から」という言葉があるが,逆もまた然りで,体の調子も心の状態に大きな影響を与える。体の不調に振り回されている うちに,1日の始まりに胸を膨らませる心の張りや季節の変化を読み取る感受性,新しい人やモノとの出会いを求める好奇心といったものが磨り減っていく。平日は仕事で必要なパフォーマンスをこなすのに一杯一杯となり寝ても若い頃のように前日の疲れは抜けない 。負わないといけない責任は増え精神的にも気が休まる暇はない。 週末は心身共に溜まった疲れから外に出かけて何か新しいことを始める気分にもならず,行き慣れた場所で馴染みの知人友人と顔を合 わせるのがせいぜい。そんな友人も同年代は結婚・出産でプライベートの優先事項が家族となり若い頃のようには気軽に会えない。 今更新しく友人を作るのも「億劫」だ。。。

 

  こうして気持ちがどんよりと澱んでいくなか,瑞々しさや好奇心を 失った精神の隙間に孤独が染みこんでいく。


  更に,こうした体の老化に否応なく引っぱられて衰えていく気力に加え,人生のステージングにおける40代が持つ重さも我々の心象風景に暗い影を落とす。

 

  以前に本ブログでも触れた白石一文の『一瞬の光』にこんな一節が ある。


「生まれ落ちた瞬間、誰もが祝福の光を浴びている。天上から、足元から、眼前から背後から、幾筋もの光が、困難な生を導くために それぞれの歩く道を照らしている。生きることは次第にその光を見失う行為だ。」

 

  若い頃は自分の将来は無限の可能性に満たされていて,努力次第で夢は叶えられるしなりたい自分になれると信じていた。それが40歳ともなれば人生は折り返し地点を迎え, 仕事のキャリアも終着点が相当程度はっきりと見えてくる年頃だ。 もはや可能性を追う年齢では無く,これまで積み重ねてきたものを どのようにアウトプットするか,社会と次の世代に何を残していくかが中心となっていく。そうして自身の社会人人生を振り返った時,「 これを成した」「次の世代に渡すバトンはこれだ」と世の中に対して広く胸を張れる程の実績を残せる人は決して多くない。 自分も含め多くの人にとっては,家族をはじめとするごく親しい人に対して,夕食の話題の中で少しばかり誇らしげに語る,そんなささやかなものだろう。組織という社会において代替可能な存在でしかない自己を受け入れ, そうした中でも自分という人間が存在した証。自分のこれまでの歩みを振り返って,それを知らしめる相手も承認してくれる存在もないことを知ると人は自分の人生の意義を見失ってしまうのかもしれない。

 

  では,孤独にむしばまれるのを防ぐにはどうしたらよいか。正直自分には確たる答えはない。結婚すればよい,子供を持つべきとの意見はよく聞く。ただ,相手によっては結婚生活が孤独を深めるケースもあるだろうし,子供についても育てる過程はともかく,孤独が 深さを増す壮年期以降に(その頃には)成人して彼等自身の人生を歩んでいるであろう子供達が我々の孤独を癒やす存在たり得るのか ,いや,そもそもそうした子供との繋がり方は親としてあるべき姿なのかと聞かれたら首肯する自信もない。

 

  自分は結婚していることもあり,件の日記の人のように差し迫って孤独を感じることはない。ただ,この先も孤独とは無縁の人生が約 束されている訳ではなく,この問題は潜在的にずっと考えていくことになるんだろうと思う。

夏の終わりに死を選ぶことについて

  先日ニュースで夏休み明けの時期に10代の自殺が多いと伝えているのを目にして,ふと自分が10代の頃のこの時期を思い起こした。

 

  小学生の頃は,イベント盛りだくさんで楽しかった夏休みが終わる名残惜しさの一方で, 久々に同級生に会えるワクワク感があった。6年生の夏休みは中学受験で塾の夏期講習&家での勉強一色だったので,余計に学校が始まるのが楽しみだった気がする。

 

  中高は水泳部に所属していたので,夏はひたすら練習と試合に明け暮れ,夏休みの最終週は手をつけていない宿題を片付けるべく優等生の同級生からノートを借り,おなじく宿題の概念を忘れ去っていた同類の部活仲間で回していた記憶しかない。 宿題が終わらない焦りはあったものの,当然ながらそれは自分の命を絶つほど切羽詰まったものではなかった。

 

  こうした記憶に現れているように,運動も勉強もできて先生受けも比較的良い級長タイプであった私にとって,小学校は自由に振る舞える居心地の良い空間であったし,中学高校 は進学校だったため勉強はその他大勢の中に埋もれたものの,水泳部という居場所のおかげで部活を中心にそれなりに楽しい毎日を送っ ていた。

 

  今思えば,当時の環境はなんだかんだ言って地方進学校にありがちなのどかかつぬるま湯的であり,肉体に比して精神はまだまだ未熟で幼かった自分にとって居心地の良いものであった。加えて,自分自身良くも悪くも環境適応性が高く,「与えられた条件や制約に 対して疑問や反抗心を抱くことが少ない」性格であったことも幸いしたのだろう。 

 

  なので,自分の学生経験からは,今この瞬間,学校生活に苦しさ・ 辛さを抱えている人に向けた教訓めいたなにかを、またはメッセージを見いだすのは難しい。

 

  ただ,これまでの人生の中で自殺したい程辛い時期がなかったわけではない。いや,自殺するほどではなかったが,学校であれば登校 拒否にはなったかもしれない。
  それは社会人1年目だった。

 

  それなりに知名度のある会社に入り,満たされた自尊心と未知の世界への期待とともに部署に配属された私を待ち受けていたのは, 社内でも評判のパワハラ上司だった。日本人としては平均的な身長だが痩せぎすで猫背のため実際よりも小柄な印象を与える体格,血色が悪く不健康に黒ずんだ顔に不似合いな太い口髭を蓄えたその風貌から,庶務の女性に「貧相ネズミ」と揶揄されていたその上司は ,私の上げるあらゆる書類とあらゆる報連相について時にネチネチと説教し時に罵倒し,更に機嫌が悪いときはファイルや文房具を私 に投げつけた。

 

  今でも覚えている出来事がある。部署の誰かの歓迎会の二次会で カラオケに行った時のことだ。一次会でも一番の下っ端として料理 のとりわけやドリンクの注文,支払いの取りまとめといった下働き をした私は,ここでも最初の仕事として上司,先輩を始め10人分 全員のドリンクを注文して曲を入力した。それが終わり腰を落ち着けようとした時に私の顔の横を何かがかすめた。 とっさに顔を躱して飛んだ方向を見ると,それは火が付いたタバコ だった。飛んできた方向を見ると例の上司が酔いで赤黒くなった顔 をニヤニヤさせながらこちらを見ている。

 

「早く盛り上げろよ」

 

  このときは流石に一瞬殺意が湧き拳を握りしめた。結局振り上げたのはタンバリンだったけど。

 

  この上司の存在のせいでとにかく職場に行くのが憂鬱で仕方なかったが,彼との辛い日々で自分が取った行動は,人事に訴える事でも転職活動に勤しむことなく,なにもせずただやり過ごすことだった。今思えばなんでその選択肢を考えなかったんだろうと思うが,社会人になって最初に出会った上司だったので,「この会社の役職者はこんなもの」という刷り込みがあったのかもしれない。

 

  が,それ以上に大きかったのは会社の人事ローテーションだった。一つの部署での勤務期間として2~3年が基本とされていた本社において、その上司は当該部署での勤務が既に1年を越えていた。上司が1~2年のうちに自分の目の前からいなくなるのは分かっていたので,深夜の合コンを楽しみにひたすら心を無にして働いた。

 

  それでも3日だけ取れた夏休みがあっという間に終わり,休み最終日の夜に落ち込む気分の中ぼんやり思ったのは,会社か上司が滅びてくれないかなあだったけど。

 

  その願いは当然叶うことなく,上司は夏休み明けも変わらず陰気かつ暴力的に 私を締め付け,結局1年半共に働いた。社会人2年目の秋に彼が人事異動で去った時の開放感は今も忘れがたい。

 

  閑話休題

 

  いじめであれなんであれ,学校が自分にとって安心して過ごすことができない,大きな苦痛を伴う場所となってしまった場合,そこか ら逃避するのは自然なことだ。三十六計逃げるに如かず。その一方で,逃避という言葉が端的 に示すように,それは本人には「本来いるべき場所から逃げてしま った」という心理的な負い目をもたらす。

 

  不登校の問題は,それを周囲の大人が受け入れ認めることができるかどうかもさることながら,周りの 同世代が学校という社会生活を送っている昼間に同じ時間の過ごし 方をしていないという,「まっとうな世界からこぼれ落ちてしまっ た」感覚も大きいのではないかと思う。私も就活に失敗して留年し ていた時期は先に社会人生活をスタートさせた同級生を思いながら 世界から取り残され奈落に落ちていくかもしれないという不安感に苛まれていた(※当時は就職氷河期と呼ばれ,社会に出るために用意された正社員の席は極めて限られていたことから,就活学生の間では履歴におけるわずかな瑕疵であっても致命的なビハインドになると信じられていた)。

 

  夏休み明けを控えて学校に行く気力が湧いてこない人達に説教くさく何かを押しつけるつもりはない。ただ,もし目の前の大事な人が知らず知らず自分を追い詰めてしまって苦しんでいたとしたら,「 滑り落ちるのを気にしなきゃいけないようなこの世の縁は,君が思っているよりずっと遠くにある。大丈夫。学校に行かなくても君の回りに世界は広がっている。この世界から転げ落ちはしない。」という趣旨のことをたぶん話す。そして手を取って,彼等が気づいていな い世界を探しに行き当たりばったりの道のりに足を踏み出して行くんじゃないか。あるいはそういう事ができる人間でありたい。

 

採用

「課長代理,今日の面接ですが,受験者の方から先ほど連絡があり,辞退したいと・・・」

 

面接の1時間前のことだ。部下が困惑気味に報告してきた。
履歴書にザッと目を通して経歴や年齢等から問題ないと判断し,余程のことがない限り採用するつもりでいたところだった。


今年の3月に前任者が辞めて以降,後任を探し続けている。
待遇はあまり良くない(特に給料)。人が集まらない主な原因はたぶんそれだ。
それでも前任者が辞める1ヶ月前には一人応募があり面接を行った。
面接のやり取りで,その人は7月から別の企業で働くことが決まっていたため,それまでの繋ぎのバイト感覚で応募してきたことが分かった。
背に腹は替えられない。取りあえず採用することにして,すぐに後任の後任を探しはじめた。

次はなかなか見つからなかった。

こちらのストライクゾーンとキャパシティを試してくるような数々の応募書類の中からようやく一通を拾い上げ、面接をすることにした。

履歴書には元日系の某航空会社勤務とあった。

 

若い頃、航空会社に勤める女性達とよく飲み会をやっていた。その中には当然日系大手の2社も含まれていたが、そのうち1社と何故か相性が悪かった。

応募者はその会社出身だった。

 

面接では待遇について念入りに確認した。問題ないとの返事であったので,採用通知を送ることにした。

返事が来ない。

不審に思った部下が電話したところ,勤務条件を見直して親にも相談した結果採用を辞退したいとのことだった。

 

振り出しに戻った。
また募集をかけた。

 

前回応募してきた人と同じ日系大手航空会社を辞めた人から履歴書が送られてきた。
嫌な予感がしたが躊躇していられる余裕も正直なところ無い。


再び面接の日時を調整して,履歴書に改めて目を通していたところで冒頭に至る。

 

 

「辞退の理由はなんと?」

「他で就職先が決まったそうです。」

「仕方ない。また募集をかけましょう。」

部下にそう言って席を立ち,自販機コーナーに向かった。
社屋裏手、屋外にある自販機は,35度を越える熱気にも異常を来すことなく,静かにピカピカと値段表示を光らせている。
透明なコーラが目にとまり,ボタンを押す。
その場で一口含むと,言いようのないドロリとした疲れが透明な泡にとけ込んでコーラが黒く濁った気がした。
セミの鳴き声が耳に響く。

日本語と外国語

   先日タイムラインに、小学校で英語教育を強化するべきか日本語教育(国語)にもっと力を入れるべきかって議論しているツイートが流れてきて、「そりゃ日本語教育だろ」とツイートで脊髄反射したんだけれど、少しそれを掘り下げて考えてみようと思う。教育論については素人なので、それなりに外国語に触れる経験をしてきた社会人(米国大学院で修士号取得、非英語言語での通訳業務経験あり)の立場からの意見ということで読んでもらえれば。フォロワーさんの中には言語教育を学んだ人や帰国子女の人がいるようなので良かったら適宜異論反論補足意見をお願いしたい。

 

   自分の考えをより正確に述べると、「社会人になってから学術分野やビジネスでも通用するような抽象度の高い議論を外国語で行うためには、その前提として相当程度高度な日本語力が必須。現状の国語教育の時間を更に上積みした上でならともかく、初等教育カリキュラムにおける総時間数が限られている以上、国語教育の時間を削る等して英語教育を強化するのは反対」となる。
そしてその理由を問われれば、「母国語能力を超える外国語能力が身につくことはないから」という点に尽きる。

 

 ビジネスマンや意識の高い学生の話題に上る、英語の勉強や留学の文脈においては、英語は意思疎通のツールとしてのみ扱われることが多いけど、言葉って本当はそれにとどまらないんだよな。意識してないけど私たちは言葉を通じて自分を取り巻く世界を認識し、それを自分にとって意味あるものとしている。目に見え耳に聞こえ肌に感じるものを「それ」そのままでしか受け止めることなく本能に従って処理するだけでは動物に過ぎない。「それ」を言葉で表し意味を与え解釈することで人は人たり得ている。


   そして重要なのは、実は私達が認識している対象とその「対象」を表す言葉は厳密には1対1で対応しているものではないということ。具体的にいうと、例えば「魚釣り」という言葉を聞いたある人が思い浮かべるのは「川辺でのフライフィッシング」かもしれないし、別の人は「船でのカツオ一本釣り」をイメージするかもしれない。私が視覚を通じて認識している「リンゴ」が他人の頭の中にある「リンゴ」と絶対的に同じものとは限らないのだ。


   それでも、テレビやネット等の情報通信手段や物流の発達等により、具体的な事物については、異なる地域に住む人同士の間でもある程度共通のイメージを持つことができるし、私の言う「リンゴ」と彼の言う「リンゴ」は同じものであるという約束の下にコミュニケーションは成り立っている。しかし、そうした言葉とそれが指す対象との関係は、対象が抽象度を増せば増すほどにその言葉が表す対象の輪郭や外縁に揺れや幅が生じ、そしてそれは異なる言語間においてはしばしば無視しえないほどのずれを生む。例えば、「人道」を表す言葉は日本語でも英語でもペルシャ語でも存在するが、それぞれの言葉がその範疇に収める意味は実は異なる。文脈、話者、伝える相手、事象の背景によって時に異なる訳語が与えられる程の違いが生じるのであって、そこに翻訳なり通訳の技術が必要となる余地が生じるんだけど、そうしたずれを認識するには抽象的な概念の外縁を意識的に把握できるほどに自分と世界をつなぐ血肉としての言語が必要となる。それはつまり、生まれてから膨大な言葉のシャワーを浴びて気の遠くなるほどの時間を費やして獲得される母国語以外他にない。それが基礎にあって初めて英語をはじめとする外国語の単語それぞれが表す事象と日本語のそれとのずれを意識しその言葉に対する理解を深め高度な議論を行うレベルで使いこなせるようになるのだと思う。

 

 で、平均的な7歳~10代前半における母国語の運用能力を考えてみると、まだ抽象的な概念を理解し使いこなすには不十分な年齢ってのは明らかで、その年齢の語学教育において重視されるべきは、日常的な言葉遣いを越えた抽象的な日本語の運用能力の強化なんだよ。英語じゃなくて。日本語能力が不十分なまま英語を勉強したって、日本語・英語とも街中で買い物して雑談する程度の語学力を身に着けるのが関の山なんだよな。
 これは経験的にも当てはまっていて、自分の周りの優れた外国語使いは皆もれなく非常に日本語の表現力・論理的思考力に長けている。反対に、駐在員の家族で日本語と英語を中途半端に混ぜた教育を行ったせいでどちらも貧弱な語彙と表現力、論理構成力しか身につかなかった人も多数見てきた。「優れた国語力なくして優れた外国語能力は身につかない」ってのは絶対的に言える。絶対に。

 

 小学生で英語を勉強する必要がないとは言わない。日本語にない英語特有の音を聞き分け発音する上では早い段階でそうした音に触れておくことに意味はあると思う。ただ、それにしても「国際語」としての英語をきちんと発音するのに大人になってから学んでも全然間に合うし、音の聞き分けと正確な発音を目的に、日本語能力が不十分な小学生段階において国語教育に優先して英語を教えることにどれだけの必要性があるだろうか、と問われれば自分は否定的に考えている。

中学受験

   リクエストがあったので中学受験について書こうと思う。特に目から鱗がおちるような知見はないし、快刀乱麻を断つみたいなすっきりした結論もない、たぶん。自分は地方で中学受験を経験し中高一貫の男子校に通ったが、受験期の子供がいるわけではないのであくまで自分の経験を踏まえて中学受験についてなんとなく感じていることを書いてみる。

 

 結論から言うと、「自分の子供の適性をよく見極めましょう」に尽きるんだけど。

 

   行きたい学校がどこにせよ、合格するのに必要な学力・知識水準ははっきりしていてSAPIXを始めとする中学受験塾でそうした学力を身につける方法論は確立されてるわけだからそれをやるだけなんだよな、受験勉強自体は。ただ、やっかいなのはそれをやるのが肉体的にも精神的にも未熟な10~12歳児だってこと。

 

   受ける学校にもよるけど、自分の体感から見るに、中学受験で必要な勉強量は社会人にとっての司法試験や公認会計士等の最難関資格に匹敵するんじゃなかろうか。そこまでの難関資格じゃない、TOEIでさえ英語を勉強している社会人のうち例えば900点到達に必要な勉強量をこなしている人の数なんてたかが知れてるだろうし、中学入試で出題される問題のレベルにしたって中位の偏差値の中高大学をなんとなく過ごしてきた大人じゃ歯が立たない難しさだと思う。大人でさえ容易にこなせない質と量の勉強をわずか10歳あまりの子供にやらせようとした時、肉体面・精神面における本人の適性の有無が大人とは比較にならないくらい大きな要素として関わってくる。

 

   10~12歳って頭も体もそして心も成長の途上にあってその成長度合いは子供によって様々だ。だから同じように勉強をさせて学力を上げようとしても、それぞれの子供の知能の発育度合いや精神面での成熟度、性格や体力によってその実現しやすさ(知識や解法の定着に要する時間・手間等)は当然大きく異なってくる。また、同じことをやらせるにも、どれだけのリソース・時間を割いてどこに重点を置くか、子供の気分をどうやって乗せていくかといったアプローチも千差万別となる。小学校高学年の子供に平日4~5時間、週末は10時間机について一定の集中力をもって勉強をさせるという生活に突入しようと思ったら、普通は我が子がそうした負荷に耐えられるかどうかを子供の体力・性格面での長所・短所を踏まえて慎重に検討した上で、その子の特性に応じた相当周到な準備が必要となる。そしてそうした子供の適性を一番よく分かっているのは親(のはず)なんだけど、中学受験に嵌っている一部の親の中には、こうした子供の適性を十分見極めないまま受験に突入してしまい、思うように成績が伸びない状況に発狂し、勉強に心身共に疲れ切っている子供を更に追い込んでしまっているケースが見受けられる。この点、中学受験に必要な勉強の質・量、それによる負荷を体感的に理解しているのは中学受験を経験している親なんだけど不思議とそうした親であっても受験に我を見失っている人は割と多い。これは、自分の受験の結果が不本意だった人はその失敗を子供で取り返そうとし、成功した人は「自分の遺伝子を受け継ぐ我が子は優秀に決まっている」って思い込みから成績が伸びない我が子を受け入れられないからなのかもなって思う。

 

 中学受験のプロコンやコスパ、男子校女子高・中高一貫教育の是非云々については議論が百花繚乱で書き尽くせないのでここでは網羅的には取り上げないけど、例えば、大学受験の観点から東大京大への進学可能性に限って言えば、正直進学する意味があると言えるのは都内で言えば御三家とそれに続く学校くらいだと思うし、散々勉強して(偏差値的に)中途半端な学校に行った挙句、中学受験のトラウマを抱えたまま大学の落ち着き先がMARCHみたいなケースを見るとなんだかなあ・・・と思う気持ちも分かる。でも、「開成・筑駒→東大」って成功例よりそういう不本意進学の方が多いんだよな、たぶん。その意味で中学受験経験者の大半は受験の「敗者」であって、彼ら彼女らが長じて親になって子供を使って過去の自分を救おうとしているところに東京の中学受験の狂騒っぷりがあるのかもと思う事もある。実際に周りにもいるんだよね。開成落ち巣鴨早慶って経歴へのコンプレックスを引きずって息子を何としても開成に入れようとしている男親とか。

 

   と、ここまで「正論」を書いてきたけど皆そんなことは分かっているんだよな。それでも一度始めてしまうとどんどん深みに嵌って抜けられなくなる怖さが中学受験にはあると思う。子供のことを一番よく分かっている親だからこそ、我が子のやる気スイッチを一生懸命探して押してやり、それでも時に手抜きする姿に激怒しある時は心を鬼にして遊びを我慢させ、そこまで頑張っているんだから報われてほしいと願う親心を他人が岡目八目で「くだらない」と言って切り捨ててもそれは誰も救わない正論なわけで。成績が伸びなくてこのまま続けていいのだろうかと悩んでも、途中で止めたらそれはそれで子供に挫折を味あわせてしまうんじゃないかとか、子供の意思も汲んで始めた受験なのにここでやめて諦め癖を覚えさせてしまうのはまずいんじゃないかとか、それまでに色々諦めて受験に投入した時間とリソースを考えたらとても損切りなんて・・・って感じでなかなかできないんだろうなと思うし、そこに中学受験の業深さがある。

 

   それに中学受験は志望校に合格出来なければ意味がないかと言えば自分はそうとも言い切れないと思っていて、スポーツや他の習い事と同様、1~2年間一つの事に打ち込んで全力を尽くした経験は受験結果の如何に関わらず本人の糧になり得る(なると断言しないのは、受験に「失敗」した時の大人のフォローが拙いとその経験が逆効果になってしまうため)。自分自身、大学生や社会人になってから1日10時間以上勉強した時にそれを支えた知的体力や集中力は中学受験で培った賜物だと思っている。

 

   ちなみに妻は中高と地方の公立でのびのび過ごしてそこそこの大学に進学していることもあって、子供のうちは根を詰めて勉強するより体動かして遊ぶべきって考えで、自分も、東京のそれと比べると牧歌的だったとはいえ中学受験の勉強生活で諦めたものや我慢したこともそれなりにありその我慢した記憶が今でも残っていることもあって、少なくとも「何が何でも絶対中学受験!」ってわけではない。(特に男の子であれば)小学生までは学校から帰ったらランドセル放って外に飛び出して友達と探検して秘密基地作ってカマキリやバッタ、クワガタを捕まえて・・・みたいな生活を送ってくれればいいなあと思っててそこは妻とも価値観は近い。そういう「活発で友達と元気に遊ぶ子」ってイメージも自分の経験からくる勝手な理想像だとは思うけど。


 ただ、自分の仕事やあれこれを考えると子供が学齢期になったら中学受験について検討しないといけないだろうなあと思っていて、妻の性格を考えると一旦始めたら相当のめり込むだろうし、それでなくても中学受験は諸々擲って受験生中心で生活を回さないといけないだろうから、自分は全体を俯瞰することを心がけつつ、①受験をさせるにあたっては子供の適性を踏まえて受験の是非と目的についてよく妻と話し合うこと、②一旦始めた後も途中でも撤退する選択肢を常に持っておくこと、③受験が「失敗」した時の子供と妻のフォロー・心理的サポートを準備しておくこと、はやるようにしようと思っている。