恋愛と結婚

ゲスの極みの不倫騒動を巡り、ツイッターで恋愛と結婚についてのやり取りを目にしたので少し思ったことを書いておこうと思う(目新しい知見はないです)。

ツイッターで何度か書いているように、恋愛と結婚は多くの場合地続きにあるものだけど、恋愛が非日常であるのに対して結婚は日常であり、その意味において両者は別物と考えている。

非日常である恋愛においては基本的に相手の良い部分だけを見て過ごすことができるし、自分も相手に良いところだけを見せることができる(付き合いが長くなっていくとまた違ってくると思うが)。また、恋は盲目という言葉にあるとおり、特に付き合い始めで気持ちが盛り上がっている時は相手の全てが愛おしく思えるものだと思う。

一方、日常生活を共にする結婚においては、些細な生活習慣からお互いの家族との付き合い方や子供の教育に対する価値観に至るまで、色々と合わない部分や相手に幻滅するところが出てくる。プロポーズで愛の言葉を囁き結婚式で永遠の愛を誓い、それが本心から出た言葉であったとしても、「相手を恋い焦がれ愛する気持ち」はそうした現実の生活の前にやがて色褪せて日常に埋没していく。長く恋人同士だった二人が結婚して短い期間で破局を迎えてしまうのも、そうした結婚と恋愛の違いを表しているように思える。

じゃあ、結婚生活を上手く送るためには相手を愛する気持ちといったいつ消えるかわからない不確かな感情は不要で、条件(スペック)とロジックこそが全てなのかと言えば多分それも違っていて、そこを埋めるのが二人の意思と信頼なんじゃなかろうか。ありきたりだけれども。

上に書いたように結婚生活では様々な不和やすれ違いが起き、常に破綻の危険が潜んでいる(新婚時代にはそうした危機が自覚されにくいけど)。そこに魅力的な異性が現れればそちらに惹かれることもあるかもしれない。それが現実のものとなって離婚に至るか或いは危機を回避するか、その二つを分けるのは何なのか。

これは私の勝手なイメージであるけれども、結婚をし家庭を作るということは、これまで生まれ育った○○家という国を出て(物理的な意味だけではない)、新らしく二人の王国を作ることなんじゃないか。新たな王国すなわち真っ新な白地であり、そこに秩序を整え自分の居場所として心地よいものとするのは、王国の唯一の構成員である王と王妃以外他にいない。自分一人ではなくパートナーと作り上げるものである以上、そこでは自分がかつて属していた旧い世界のルールや価値観を押し付けるだけでは駄目で、お互いの違いを認め譲り合わざるを得ない局面が出てくる。また、お互いの親や親族、仕事、友人といった王国の外の世界とどう付き合っていくのかも新たな課題として立ち上がってくる。元々異なる世界にいた二人が一緒になるのだから、ルールを作っていく過程では諍いや不和もあるだろう。外の世界からの誘惑(不倫、ギャンブル等)もあるかもしれない。そうした誘惑を退け不和や諍いを乗り越えるのに必要なのは、パートナーと共に家庭という王国を作りあげていこうとする意思と、王国を共に作る相手としての配偶者に対する信頼だろう。

その意味で結婚は式を挙げればゴールというものではなく、むしろその後の二人の意思による不断の努力が何よりも大事になってくる。そして二人で苦労や危機を乗り越えて王国を守り続けていく中で、共に苦労した時間は王国の歴史として二人の信頼と意思をより強固なものとする。結婚前の恋愛感情は時間と共に薄れるかもしれないが、その代わり、共に王国を守る者、すなわり同志や戦友としての絆と労りの気持ちが生まれてくる。それが結婚生活における愛情じゃないかと思う。

今回のゲスの極みのケースでは、少なくとも川谷さんの方に家庭を維持し相手からの信頼を守るという意思が見られなかった。自覚なき王の裏切りにより王国は崩壊するほかなかったのだ。