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交換の論理(『一瞬の光』)

ここ最近、恋愛や人間関係、仕事のことを考えていてふと一冊の本が頭に浮かんだ。白石一文の『一瞬の光』。

一瞬の光 (角川文庫)

この作品は彼のデビュー作で、自分が進路に行き詰っていた学生時代に本屋でたまたま見かけて買った。確か村上龍が帯の推薦文句を書いていたと思う。

白石一文の作品はその後も直木賞受賞作(「ほかならぬ人へ」)も含め色々と読んだ。個人的には結構当たり外れが大きい人だと思っているので新作を買うのは半分博打だったりするんだけど、彼の作品は人生や社会の様々なテーマについて常に強いメッセージを発していて、好むと好まざるとに関わらず考えさせられるものが多い。

そうした彼の作品の中でも一番印象に残っているのがこの『一瞬の光』。大企業(三菱重工がモデル?)に勤めるエリート主人公と二人の女性とのかかわりを描いた作品なんだけど、この主人公、鼻につくくらいのエリートで美形で女性にモテまくってて社長の姪のこれまた超美人の才女と付き合っている。で、その主人公は美人のお嬢様(瑠依)と付き合いながら、ふとした切欠で知り合った女性(香折)とも交流を深めていく。この香折は幼い頃から凄まじい家庭内虐待を受けていてそのために苦しんでいるんだけど、そのトラウマゆえに周囲の人間を振り回す香折に対して、主人公も散々振り回されながら彼女の面倒を一方的に看続ける。そんな主人公に対して瑠依は「香折さんはあなたを利用している、あなたの善意を吸いつくそうとしている」と言う。

それに対する主人公の考えは、
「香折は私のことを利用しているーそうかもしれない。私の善意を吸いつくそうとしているーそうかもしれなかった。ただ、私にはそのことが私にとって何ほどの意味を持つのかがわからない。たとえ彼女が私を利用し、私の善意を享受したとしても、そのことと私の彼女への態度とのあいだに深いつながりはあるまい」

「瑠衣の言うことは、今日の世界全体を支配する『交換の論理』に立脚している。全ての価値が取引によって生み出されるという思想だ。だが、そこから真実の価値は生まれるのだろうか。”なぜ私がことにあたらないでおられよう”と考える人間は果たして現れ得るのだろうか」

 これ、自分が意識の片隅で常に思っていることと重なる。人付き合いにしても仕事にしても恋愛、婚活、結婚・・・あらゆる場面で自分たちはあまりにもこの「交換の論理」に囚われすぎているんじゃないだろうかって。勿論、恋愛相談一つとっても世の中には女性から搾取してやろうってロクでもない男がゴロゴロいるのが分かるし、反対に女性の中にも男性にタカって美味しい思いをしようとしてる人がいる。婚活でも男性は収入を見られ、女性は若さに価値が置かれる。結婚生活でも家事育児の負担がどちらか一方にだけ偏ってそれにもう一方が胡坐をかいているケースもあるし、仕事でも他人を利用し蹴落として自分だけが得しようとする人がいる。

そういう中で、自分だけが損をしないように、馬鹿をみないように自己防衛意識が働くのは尤もなことだし、そこからあらゆることにメリット・デメリット、プロコンやコストパフォーマンスといった「交換の論理」に立脚した意識が生まれてくるのだと思う。自分もそうだ。

でも本当にそれでいいんだろうか、と思う。仕事や外での人間関係においては自分に皺寄せが来ないように、ババを引かないように上手く立ち回って、プライベートではお互い自立して依存し合わない対等なパートナーと出会って家庭を築いて・・・「交換の論理」で選択していった先に自分の人生の意味はあるんだろうか。いい歳して夢見すぎなのかもしれないし、こういう思いが抜けきらないあたりが未だに独身でいる理由なのかもしれない。でも、この「交換の論理」を越える繋がりをどこかで見つけたいと思っているし、この思いは多分この先も消えない。



追記:白石一文の作品では『私という運命について』も好きで、「人生を自分の意思で選びとる」とはどういうことなのかを考えさせられる。