日本酒に目覚めた旅

    この週末,新潟に行ってきた。目的は日本酒。いま,朝活で取っている日本酒検定講座のフィールドワークだ。短い旅程ながら盛りだくさんの内容で非常に充実した2日間だったが, 今回の日本酒旅で特に感銘を受け,自分の見方が大きく変わったのは普通酒だった。

 

    御存じのとおり私はここ2年ほど日本酒にはまっており,週末は新潟をはじめ全国各地の日本酒を楽しんでいる(最近までほぼ毎日飲んでいたが,健康を考えて平日の家飲みは控えている)。日本酒には作り方によっていくつか種類があり,日本酒好きの方に限らずそ うした種類分けはご覧になったことがあると思う。いわゆる, 大吟醸純米吟醸,特別本醸造といったやつだ。 ざっくり説明すると,「吟醸」,「大吟醸」 は原料の酒米をどれくらい削っているか(精米歩合) を表していて(吟醸だと40%以上(=精米歩合60%以下), 大吟醸だと50%以上(=精米歩合50%以下)削っている), 米と水だけで作っているか,それとも醸造用のアルコールを添加しているかどうかで「純米酒」と表記できるかどうかが決まる。 例えば,「純米吟醸」であれば精米歩合が60%以下でお米と水, 米麹だけで作っているけど,これが「吟醸」としか書いていなければ醸造用アルコールが添加されている可能性がある。また,「 特別本醸造酒」と表記されていれば、それは精米歩合60%以下でかつ醸造用アルコールが添加されている日本酒であることを意味する。(「特別」 がつかない本醸造酒だと精米歩合が70%以下となる)。これら純米,吟醸本醸造といった名前がつくものを「特定名称酒」と呼び, それ以外を普通酒と呼ぶ。コンビニやスーパーで売られている紙パックの日本酒をはじめ,流通している日本酒の大半はこの普通酒に当たる。

 

    なお,更に最近よく目にするのに「無濾過」「生原酒」というのがある。無濾過というのは文字通り濾過していないお酒で,生原酒と いうのは加熱処理をせず水も加えていないお酒のことだ(通常,日本酒は味の劣化を防ぐため加熱処理を行い,またアルコール度数を整えるため水を加える)。

 

 私が日本酒にはまるきっかけとなったのが,この特定名称酒純米吟醸酒,それも無濾過生原酒だったことから,これまで主にそうしたタイプの日本酒を好んで飲んできた。とはいえ, 色々と飲むうちに日本酒の多様性を感じるようになり,最近ではお米の精米歩合吟醸大吟醸)や濾過の有無,生原酒かどうかといった事にはあまりこだわらなくなってきたが,そうした中でも割と気にしていたのが「純米酒」という点である。

 

 先に説明したとおり,純米酒というのはアルコールを加えていない ,米と麴と水だけで作った日本酒である。日本酒と醸造用アルコールを巡っては戦時中から戦後にかけての暗い歴史があり,加えて個人的には大学時代にアルコールが添加された(アル添)安酒でイッ キをさせられた苦い思い出もある。それらが相俟って20代から30代にかけてのアルコール人生では,冬場にたまに熱燗で飲んだりする以外では日本酒を避けてきた。2年前に賀茂錦の純米吟醸無濾過生原酒に出会ったことで,日本酒そのものに対する苦手意識は消えたものの,元々の苦手意識の核となっていた,アル添酒に対する「アルコールで水増しした安かろう不味かろう酒」 というネガティブなイメージはどうしても拭いきれなかった。酒屋で自然と手が伸びるのも純米酒となり,居酒屋でもアル添の日本酒しか置いていない店では日本酒では無く焼酎やハイボールを飲み続けた。

 

 そうした,日本酒について最後に残っていた引っかかりを解きほぐしたのが今回の旅行であった。旅行1日目の夜,地元で人気の居酒屋で行われた懇親会の場で,隣に座った講師の人(新潟の清酒卸会社勤務で新潟清酒達人検定の金の達人)に勧められて麒麟山の超辛を飲んだ。値段は二合で確か1000円程度だったと思う。私が普段都内 のお店で日本酒を飲む場合,純米吟醸だと大抵グラス( 120ml)で600~700円程度なので、二合= 約360mlとなると2000円はする計算だ。それと比べると麒麟山の超辛は半額の値段。新潟が酒処という点を差し引いても安い。純米とも吟醸とも書いていないので,いわゆる普通酒だろう。この値段で飲める日本酒で美味しいと思ったものに出会ったことがなかった私は ,日本酒のプロに勧められるままお猪口を差し出し注いではもらっ たものの,どうせたいした酒ではないだろうとタカをくくっていた。口に含む までは。

 

 

    予想を裏切る旨さだった。自分がこれまで好んで飲んできた甘味, 酸味がはっきりとした日本酒とは明らかに違うタイプ。そっけない程にキレがあり,ともすれば印象に残らなそうな後口でありながら じわりと静かに旨みが広がる。 前面に出てきて食事の味を邪魔することなく,飲むと料理に箸が伸 び,料理を一口食べるとお猪口を傾けたくなる。期待せずに飲んだ麒麟山の超辛はそんな名バイプレイヤーのようなお酒だった。

 

    日本酒を飲み出してよく目にするようになった表現に「飲み疲れしない」というのがある。華やかな香りとくっきりとした甘味・酸味のある日本酒は確かに美味しい。美味しいのだけれど,例えば食事と共にそれをずっと飲み続けられるかというとちょっと違ったりする。口がその豊かな味に押され続けて重たく感じてくるのだ。麒麟山の超辛にはいくら飲んでもそうした「押しつけがましさ」を感じない。 すいすいと飲める。その夜はその後も結局麒麟山から離れることが できず,最後まで2合徳利を注文しては飲み続けた。

 

 翌日その麒麟山酒造を見学し,そこでは普通種として商品の主力と なっている伝統辛口(伝辛)を試飲で飲んだのだが,やはり旨い。 そして気づいた。新潟には八海山,久保田,越乃寒梅といった有名 銘柄が数多くあるし,それらの吟醸酒大吟醸酒が酒処新潟の評判 を引っぱっているように見えるが,その実,まさにこうした地元の 人が毎日の晩酌に飲む普段使いのお酒のクオリティの高さが新潟の酒文化を支えているのだと。

 

 今回の旅行を機に,自分の日本酒好みカテゴリーに「飲み疲れしな い普通酒」というのが加わった。それが何よりの収穫だった。