詐称の思い出

最近,ツイッターで炎上した。炎上自体はどうということはなかったが,その理由とされた経歴詐称を見てふと思い出したことがあった。

 

20代の頃,自分は某途上国に駐在しておりそこで現地語を学んでいた。主に家庭教師について勉強していたのだが,こうしたいわゆる座学だけではなく,休日にはできるだけ外出して現地の人と接するようにしていた。日本で教わった講師からは,せっかく現地で生活するのだから机にかじりついて勉強するだけでなく,積極的に街に出て生きた言葉を学ぶべきとのアドバイスをもらっていたからだ。

とはいえ,元々知り合いがいるわけでもない異国の地,むやみに出かけていったところでそうそう話し相手がいるわけではない。よく行くスーパーの若い兄ちゃんとは日常会話はできたが,お金を支払う短い間にそれ以上突っ込んだやり取りをするわけにもいかない。

 

旧市街にあるカフェには,休日に限らず昼間から中年のおっちゃんたちがコーヒーを飲みながらバックギャモンをしたりシーシャを片手に駄弁っているが,いきなりそこに入り込むのもハードルが高い。

 

そうして当初は話し相手をどうしたものか頭を悩ませていたが,そんな自分の前にちょうど良い相手がいることに気がついた。タクシーの運転手である。

 

住んでいた街では路線交通機関が存在しておらず,人々の足としてよく使われていたのがタクシーであった。(乗り合いバスというのも存在していたが,こちらはよりローカル度が高く,つまり外国人にとってはより利用するハードルが高いものだった)


タクシーに乗ると大抵は運転手から「どこから来た?」と聞かれる。彼らからするとアジア人が物珍しいのだろう。そこから会話が始まる。「日本から来た」「ここでなにしてる?」「○○の仕事をしている」「なんでこの国に来たんだ?」・・・。


相手が日本人であろうとお構いなしに地元の訛りで口語表現をかましてくる運転手相手のトークは,テキストで学んだ語学の実地研修として最適だった。

 

そうしてしばらくはタクシー移動を多用しての運転手との会話を活用していたのだが,そのうちそれもパターン化してきてマンネリ化してきた。その頃になるとわずかながら現地の知り合いもできはじめ,現地語の練習機会には事欠かなくなってきていたのだが,とはいえタクシーでの会話機会をルーティンで済ませてしまうのも面白くない。


そこで考えたのが,その場で思いついた職業になりすまして会話をする,というものである。

 

今となってはあまり覚えていないが,結構いろんな職業になりきってみたと思う。銀行員,国際機関職員,日本食レストランのシェフ,空手の達人,相撲レスラー,ピアニスト,サッカー選手etc。当たり前だが,自分の実際の仕事から離れれば離れるほど想像力と語彙力が試されるので,これはなかなか良いトレーニングになった。特に若い運転手に受けが良かったのは空手とサッカー選手だったと記憶している。(「ジャッキー・チェンを知っている!」といいながら空手の突きを一緒にやったりした。)

中東のサッカー事情について聞いているうちに道を見失って運ちゃんと二人してあっちいったりこっちいったり,はたまたせっかく話が盛り上がって良い感じで目的地についたのに料金をふっかけられてさっきまでの雰囲気はどこえやらで口論したりと,断片的に幾つかの記憶が甦る。

 

その後その国は色々あり,あの時くっちゃべった運転手たちは今どこでなにをしているのだろうと思う。